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ご報告

11日
地震発生時、会社の新しい営業者車(アウディの2年落ちのピカピカの中古車)に乗って大田区の国道15号上にいました。
箱根駅伝で京急の踏切を渡りますが、まさにあそこ。

最初は道路下を工事しているのでそのせいかと思いましたがどうも様子がおかしい。
ナビをテレビに切り替えると地震速報が。
その後すぐ近くの試作の展示会場に入ったが、手続きをしていざ会場へと思った瞬間茨城沖が震源の第2発目が!

その後展示を見るのもソコソコに帰社。
帰る途中ナビでテレビを見ていると悲惨な状況があらわに・・・
帰る途中の川崎はドコも停電。
運良く我が社&自宅(横浜)は停電はしていなかった、水道も大丈夫。
ただ携帯も自宅の固定電話も繋がらない。

ちなみに我が家は数百冊ある雑誌&数百個あるプラモが散乱しひどい状況に。
でもそれ以外は大丈夫だったので片付けは1時間弱で終了。
ただ茨城の実家とは連絡とれず。

そうこうするうちに6時半過ぎに弟からメールが。「とりあえず家族は無事。那珂市は震6弱で電気&水道ストップ」。
結局この日は電話は繋がらなかった。

12日
朝早く電話すると親父の携帯のみ繋がった。弟の携帯は電池切れ。
「家の中はメチャクチャだけど、家自体は大丈夫。食べる物も無いから帰ってこなくてもいいよ」とのこと。


帰ってこなくてもいいと言われても、そうはいくまい。

とりあえず土曜日も仕事だったので、仕事前にスタンドに行ってガソリンを入れてきた。
仕事は午前中のみで切り上げとなったので、隣のコンビニで食料と飲み物を購入。ただ肝心の弁当・おにぎり・パン・水は無し・・さらにスーパーへ行き食料と飲み物を追加購入して(合計1万円分くらい)車に乗せて、午後2時に自宅へ出発。

高速が通行止めなので国道6号を北上。横浜~上野まではスムーズだったが雷門前からは大渋滞。カロバンにはナビが無いので地図を見ながら6号沿いの裏道を攻める!
5時過ぎになんとか都内を抜け千葉に入る。ただまだまだ大渋滞。しかし千葉辺りではこの時点で店(コンビに・飲食店・スタンドなど)も普通にやっていた(コンビニの食料はないけど)。

利根川を越えやっと茨城県へ。
相変わらずの大渋滞なので側道や6号横の農道などを攻める!
取手でスタンドがやっていたのでガソリンをいれ、再出発。
弟から電話が掛かってきて7時過ぎに電気が復旧したとのこと。

牛久を過ぎた辺りからスムーズになったが結局到着したのは11時過ぎ・・・・所要時間約9時間。石岡手前で事故起こしたやつがいて片側通行になっていたので、6号からそれて見知らぬ山の中を抜けていった。
その日は就寝して翌日に備える。

13日
とりあえず被害状況を把握。
家自体は大丈夫だが、室内&自宅周辺は結構大変。午前中は片づけや修理。
をして昼飯を食った後、母親とおにぎりを持って平磯の親戚宅へ向かう。
平磯は海に面していて津波の危険もあり、もちろんこの時点で電話は通じていない。
車で15分ほどの距離だが途中の信号はほとんど点いていない。橋の部分は段差が出来ていて砂利や土嚢が盛ってあり、徐行してなんとか通過。
親戚宅へ着くと店(酒屋)の中はメチャクチャで、表の道路まで酒臭い。
ただ奥の自宅はほとんど被害が無かったようだ。水&電気は来ていなかったが、近所の井戸がある家から水を貰ってきていたので米は炊けたらしい。
親戚の家は海岸線から直線距離で200Mほどのところにあるのだが、津波は大丈夫だった。
平磯は海岸線からすぐの家が床上浸水した程度。

その後家に戻り、片付け&修理再開。


14日
本来仕事だが、会社に電話して休みを取った。
午前中平磯から電話があり電気のみ復旧したとのこと。
実家の水道も相変わらずだ。那珂市の浄水場のメインの配管がやられているらしく水道の復旧は結構掛かりそう。
夜から雨の予報だったので片付け&修理を済ませ屋根の補修へ。
業者に頼んでも半年先ぐらいになるだろうし、2階建てなのだが1階部分&2階部分の修理もやった。
まあ周りの古い家に比べれば損傷は軽傷。割れている瓦をあわせてコーキングで補修。粉々になった瓦は取り外しアルミ板を載せてコーキング処理。
とりあえず雨が入ってこなければいいのだ(見た目はひどい・・・笑)

15日
本日も休みにしてもらった。
とりあえず力仕事は終わらせたので、ビニールハウスの修理もして昼飯を食って横浜に戻る。
1時半過ぎに出発して8時過ぎに到着。
松戸辺りがちょっと渋滞していた。

時間とガソリンがあれば同級生宅を廻れたのだが、どちらにも余裕が無かった。ただ水戸市内(一部)は電気も水道も他よりは早かったみたい。

ちなみに父方のいとこの家は偕楽園前なのだが、他の家の壁が倒れたのをすぐ自衛隊が来て直していたと言っていた。
いくら偕楽園だからって自衛隊まで使って優先させるか普通・・?

実家は裏に母親の実家があり、そこに水道とは別経路で井戸がある。
電動ポンプで汲み上げるので停電のときは蛇口から井戸水は出てこないが、ヤカンにロープをむすんで手で組みあげていたらしい。
電気は無くとも、弟がキャンプをよくしているので灯り&コンロなどの道具があって、とりあえずはなんとかなっていた。

正直井戸があってかなり助かった。
井戸水のおかげて水(トイレや風呂など)に困ることはなかったし、水道復旧までは給水所に行かなくても済みそう。
飲み水として使うには一回沸騰させればOKだしね。


平磯で聞いた話だと給水所は数時間待ちで、一人当たり数リットル。待っていてももらえない人もいたとか・・・平磯にひたちなか市の行く途中の学校の校庭にも長蛇の列が出来ていた。
平磯の親戚の家も井戸があり電気が来たので水には困らないだろう。

ただいまだに震度3くらいの余震があります。
しまいには朝、余震で目が覚めるしまつ(困)

福島や宮城ばかり報道されていて、茨城は軽視されていますが大洗にも津波がきたしどこも大変です。
被害のある茨城まで計画停電の範囲に入ったし(翌日に茨城は計画停電実施地域から外れたが・・)


常磐道が復旧したので(水戸まで)、ガソリンが手に入れば今週末も物資を届けに帰ろうと思うのだけどなかなかガソリンが手に入らない。

とりあえず模型は地震前からほとんど進んでいません。
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  1. 2011/03/17(木) 08:21:14|
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あれこれ手を出して完成品がまったく増えないブログですがお付き合いくださいませ。

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